「堕落論」から考える筋力トレーニングの重要性

滋賀県大津市瀬田のトレーニングジム 女性専用フィットネスLBCです。

「人は無限に堕ちきれるほど堅牢な精神に恵まれていない」とは、堕落論でお馴染みの"無頼派"坂口安吾のお言葉です。

安吾は堕落こそが人間の本質であり、堕落を通じてこそ真実の人間性が見えてくると語ります。

しかし人間は無限に堕ち続けられるほど強くはありません、どこかで何らかの「カラクリ」にすがって、落下を食い止めざるを得ないのです。

この「カラクリ」とは、かつては天皇制や武士道、道徳、宗教などでしたが、現代では日常の習慣やルーティン、自己管理の仕組み……そしてトレーニングやジム通いも立派な一つとして挙げられます。

安吾はさらに「自分の生き方を、進むべき道を真剣に考え、悩む者だけがホンモノの落伍者になる」と述べています。

堕落を恐れず、堕ちながらも、自分なりの支えを必死に探し続けること、それこそが人間らしい生き方なのだと安吾は問いかけます。

同じ無頼派の太宰治『人間失格』と比較すると、この違いがより鮮明になります。

安吾は堕落を「生きるための必然」として肯定し、堕ちても這い上がる生命力を信じます。

一方の太宰は「人間として適応できない自分」を徹底的に否定し、絶望の果てに失格を選ぶ破滅的な道を描きます。

安吾の「生きよ堕ちよ」は、堕ちきれない弱さを認めつつ前を向くエール、太宰のそれは、内面的な絶望に囚われ続ける冷たい虚無です。

私たちはどちらの道を選ぶか――。

悩みながらも「堕ちきれない自分」を支えるために、安吾のように新しいカラクリを探すなら、筋力トレーニングは最もシンプルで確実な選択肢の一つです。

ここで思い浮かぶのは、アントニオ猪木氏の名言「悩みながらたどり着いた結論は、やはりトレーニングしかない。」です。

この言葉は、1976年のモハメド・アリとの異種格闘技戦後に生まれました。

あの試合では厳しいルール制限により猪木氏はほぼ座ったままの屈辱的な戦いを強いられ、「世紀の凡戦」とまで言われました。

深い挫折と葛藤の果てに、猪木氏は「やはりトレーニングしかない」と結論づけました。

体を鍛え続けることこそが、どんな苦境からも這い上がる唯一の道だと確信したのです。

このエピソードは、安吾の思想を体現する闘魂そのものです。

「自分の生き方を、進むべき道を真剣に考え、悩む者だけがホンモノの落伍者になる。」

「生きよ、堕ちよ」

「その後にジムに行け」

トレーニングジムそんな「堕ちきれない自分」を優しく、しかし本気で支える場所なのかもしれません。


今こそ一歩を踏み出すタイミング、トレーニングを通じて、心と体を整え、自分だけのカラクリを築いていきませんか?と言う話です。

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